26年7月12日、午後3時、みりんちゃんは旅立ちました。3ヶ月の闘病の末、安楽死を選びました。

病気が発覚してから3ヶ月、一日いちにちがとても大切な日々でした。
あまり活動的でなくなったぶん、パパとママにたくさん甘えて、娘の足元でくつろぐ姿をみせていました。徐々にキャットタワーやピアノの上などの高いところにあがれなくなっていきました。

口の中の癌なのでやがて毛づくろいができなくなり、ブラッシングはパパにお任せしていましたが、血や唾液が常に滲み出る状態で、きれいだった毛並みもボロボロになってしまいました。
進行の速い癌
扁平上皮癌はとても進行がはやくて、あっという間に大きくなって、痛みや出血を伴います。

最初は舌がしまえなくなって、ご飯を食べた後に口元を気にすることが増えてきます。やがて唾液や体液、血が滲んで、顎や胸毛、丸くなるときに口元を覆う尻尾から汚れていきます。

最初はブラシや専用のタオル、ティッシュなんかでできるだけきれいにしてあげますが、徐々に毛が固まってほぐせなくなります。

つらいのか眠っている時間も増えます。いちばんつらい時期には半日以上押入れにこもって出てこないこともありました。それでもお腹がすいたり、調子がよくなると、家族の前に出てきて、みんなの間で過ごしていました。

やがて手足もボロボロになってきます。おヒゲも汚れるので頻繁に拭いてあげますが、どこかで横になるとまたすぐに汚れてしまいます。
患部が大きくなると自力で食事を摂ることができなくなり、手にジェル状のおやつを出して少しずつ舐めさせることしかできなくなります。飲み込むことも難しくなり、食事量が足りないのでみるみる激ヤセしていきます。
発作
深夜にママの足元で寝ているときに一度発作を起こしました。そのときはすぐに落ち着いていましたが、二度目はパパといっしょにいるときにいつも寝ている箱の中で発作を起こしました。
自分で起き上がれなくなっていたので抱き起こして床におろしましたが、自力で立ち上がっては右側に倒れる、を繰り返して部屋の隅まで這いずっていきました。痺れか相当な痛みがあるのか、目を見開いて硬直していて、泣きながら撫でることしかできませんでした。
安楽死を選ぶ
病状は決して改善することなく悪化する一方で、さらなる苦痛が待ち受けることを考え、7月10日に家族で相談して安楽死を選ぶことにしました。最後まで看取ることもかんがえましたが、ただ一緒にいたいというだけで苦しみを増やすのは、いのちに対する責任をとりたくないだけに思えました。
安楽死については様々な考え方があるとおもいます。どれが正解ということもなく、なにを選んでもどのみち後悔することになるでしょう。

病状が悪化してからはこうやってゴロンとすることがなくなっていましたが、安楽死の前の晩に、椅子に上がって毛繕いしているとき、ボロボロの姿でくるんとひっくり返ってお腹をみせてくれました。意外にもお腹はそこまで汚れていなくて、すこし引っかかる毛を整えたらきれいになりました。
その後、パパの手からご飯を食べたあと、めずらしく足元で添い寝してくれました。パパが眠ったあとでママの足元に移動して添い寝していたそうです。寒い日以外で添い寝することはない子なので、最後の晩だということがわかっていたのかもしれません。

最後の晩もずっとそばにいてくれて、パパが目をそらすと「くるるっ」と声を出して振り向かせます。
最期の日
病院予約時間の直前までそばで過ごしていましたが、うずくまって顔をみあげて、声を出さずに「ニャー」と鳴いていました。最期に伝えたいことがいっぱいあったのかな。
いつも病院に連れていくケージに入るときはひどく抵抗するのですが、とてもおとなしく収まって、病院へ向かう途中もとても落ち着いた様子でした。ママはつらすぎて立ち会えず、駐車場でお別れしました。
病院で計った最後の体重は2.75kgです。とてもやせ細っていました。獣医さんが麻酔を注射して、「みりんちゃん、ありがとうね」と声をかけると、すぐに頭がコテッと力を失って、キラキラした瞳に光がなくなりました。まったく苦痛もなく、眠るように旅立ちました。
通夜
火葬は翌日だったので、一晩パパの部屋でご安置しました。人間のご安置とおなじように部屋を極限まで冷やし、保冷剤を交換しながら硬くなったみりんちゃんの身体を冷やしました。ママが汚れた毛を細かくハサミで切って、できるだけきれいな状態になるようにお手入れしてくれました。
パパとママが交代で番をしていましたが、深夜1時頃に「くるるっ」とみりんちゃんの声が聞こえました。
声を聞いたのはその一度だけでした。
火葬
翌朝、10年間住んでいた狭い家のすべての場所を歩いて、最後のパトロールをお手伝いしました。
元気だったときはお風呂場まで毎晩チェックしてくれていました。お手洗いに入れ違いに入ってきたみりんちゃんに気づかずにママがドアをしめてしまったときは、みりんちゃんは暴れたり騒いだりすることなく、一晩お手洗いでくつろいでドアが開くのをのんびり待っていたこともありました。とてつもなく穏やかな性格の子でした。
ペット葬の火葬車が到着する直前、ずっと抱っこできなかったママが硬くなったみりんちゃんの亡骸をずっと抱きかかえて泣いていました。

ママは憶えていないかもしれませんが、10年前、まだみりんちゃんが1歳になる前に一度だけ抱っこしたことがあります。

曇っていて蒸していましたが、そんなに暑くない日でした。

火葬は1時間ほどで終わって、収骨したあと、粉骨してもらいました。粉骨しないと骨壺がとても大きくなってしまいます。返骨していただいたあと、お花を買ってきました。

だいすきだったとろりっちをお供えしています。
しばらくそのままで
みりんちゃんが過ごしていたときのまま、おトイレも水飲み場もそのままにしてあります。押し入れやクローゼット、部屋のドアを猫サイズに少しだけ開けたまま。
もしみりんちゃんが帰ってきても好きな場所でくつろげるように、寝床も動かさずに、いつもと変わらずに過ごしています。いずれはみんな前を向いて歩まなければいけませんが、急にいろいろなことを変えてしまうのは難しいです。
ママはあまりにもつらすぎて「もう二度と猫と暮らさない」と言っていますが、もしみりんちゃんが生まれ変わって、またパパとママと娘といっしょに暮らせることを望んでいて、もし偶然再会したら、またお迎えするでしょう。

また出会えることを願って
さようなら みりんちゃん
